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万年筆

万年筆のこと(8)M800トータスシェルブラウンを「フルハルター」で

6本目のペリカン・スーベレーンM800を「フルハルター」で

M800トータスシェルブラウン(Tortoiseshell Brown)

前回、“欲しいを抑えられない”ことへの言い訳を書きました。それが限定品のM800 茶縞、トータスシェルブラウン(Tortoiseshell Brown)

資金の作り方を方針として確立したので安心して、さらにエーデルシュタイン・タンザナイトの色合いも気に入ってしまい、自分が「必要」と決めた6本目もすぐに「フルハルター」でお願いしました。折しも「フルハルター」の森山さんが好きだと書いておられたことがある茶縞がペリカンスーベレーンM800で発売になると知って、止まることができませんでした。そして「細めのM」に仕上げていただくことをお願いしました。

トータスシェルブラウンへは、限定品への抵抗があったのをうっすらと覚えています。でも今はもう、その抵抗感が本当だったのかどうかも思い出せません。純粋な道具としてペリカン・スーベレーンを良いと思っていた時、発売数量限定品という、書くこと以外の、限定品という特別の価値が伴う道具、ということにひっかかりがあったのかもしれません。

純粋な道具ならば、壊れたり、その道具としての寿命が尽きた時、およそ同じものに「買い替えられることが当然、だから安心」が自分には普通、という認識だったように思います。しかし時間が経ち、それは気を張りすぎた心配とわかってきました。さらに自分がこれから何本か持つM800を使う時間、その耐久性を考えると、自分の心配の必要性が低いことがわかってきました。ただ、この茶縞のM800をお願いした時には、まだ「張った気持ち」を強めにもって暮らしていました。仕事でも、私生活でも。

仕事の中のプロジェクトはようやく“まとめ”フェーズに入った感があったとはいえ、帰宅途中はまだ気持ちが毛羽立って、頭の高回転状態がずっと続いていたような。まっすぐ家に帰ると家人との会話が荒くなっていたようで、どこかで一杯飲まずには帰れない日々でした。もっと力が抜けていたら、中にも外にも、そして自分にも、その緊張感と張のある日々を、リラックスして楽しめたのに、もうすこし上手にやれたかもと思うのですが。『後悔、あとにたつ!』。

とにかく綺麗なトータスシェルブラウンM800は、当時のペリカンスーベレーンM800通常シリーズと同じ値段にもかかわりもせず、フルハルター特別仕様でニブBBからの研ぎ出しということを知りました。そして、ぜひ欲しいと思いました。

トータスシェルブラウン 名前の由来

そのM800の茶系の模様は、マイタイという亀の甲羅から作られる味わい深い素材の “べっ甲”を想起させるような色合いを、プレキシグラスとよばれるアクリル樹脂で表現したものだそうで、そこからtortoiseshellと名付けられたようです。後日、インターネットから得た情報によると、この茶縞モデルは、1991年にスペインの某社が自社の記念行事の贈答品としてボールペンとのセットで750組作ったものの復刻品とのこと。スペインで茶色が好まれる、あるいは特別のものとして選ばれるのだと、ひとつ認識をもった記憶があります。

また不確かな記憶ですが、森山さんが「限定品は、数量の問題など種々要因のため、通常シリーズより高い値段で売るのが普通であろうが、ペリカン(日本?)の『面白さ』で、この茶縞も通常と同じ値段である」とおしゃっていました。調整を依頼する客の顔をみて、字を見て、人としてのつながりを持つ「フルハルター」の森山さんにとっては、その『面白さ』がいっとう違ったものとして認識されていたのであろうことが想像できます。そしてそれは、「フルハルター」が推奨し、取り扱い自体がほとんどペリカン・スーベレーンになってきた理由の一つだと思います。

「もったいないけど、Mでお願いします。」

一方、せっかくのBBからMへ細めることへの抵抗感は、かなり大きなものでした。感じる“もったいなさ”、それは、なかなか手に入らないような縦横の長さと、結構な厚みの桜の板材をみつけて嬉しく思っていたところ、作るもののためにはざっくり切り落として使わざるを得ない時の罪悪感のような。しかし、「客が使いたい、必要なものに調整するのが仕事で、何の気兼ねも遠慮も不要である」という森山さんの言葉を「フルハルター」のブログで読んでもいたので、僕が毎日使える細めのMにお願いした方がいいと考えて思い切りました。

そして今、自分用のメモを残すときや日記を書くときに、心を落ち着けてくれる相棒として、期待通りに働いてくれています。

トータスシェルブラウンはキャップも尾栓も茶色

実際に大井町の「フルハルター」の店でみたtortoiseshellモデルの茶縞は、毎日、帰宅して、頭が落ち着いたあと、その日のことを書く相棒にしたいと思えた、とてもいい感じの姿でした。シャープな縦縞も、ソリッドな黒もいいのですが、仕事のあと頭の回転がおちついてきて、「今日の仕事でも、右左とか、ゼロイチとか、上下とかでは“区切れない中間のこと”もあったよな。そして、明日もそれがあるよな。」と、思えてくる柔からさを感じるのです。これは完全に嗜好の問題で。

この“区切れない”感じを手書きで文字や象徴画のような線で書き/描きたい欲求は、2017年特別生産品M805オーシャンスワール(Ocean Swirl “大洋の渦”)を「フルハルター」でお願いすることにつながっていきます。茶色が好みならば同じ2017年の特別生産品M800ルネッサンスブラウン(Renaissance Brown)を選ぶのだろうと思うのですが、僕は色は青、金属色は銀が好きなようです。

さて、M800 tortoiseshellにもどります。

白熱灯のような色の光の下で見せる胴軸の茶色のランダムな縞模様。そして、太陽の光がいい角度であたるとわかりやすいのですが、キャップ、首軸、尾栓も濃い茶色です。何本かのM800を同時に水洗いしたあと、照明の加減かM800 tortoiseshellのキャップを間違えたことがありました。それくらいの濃い茶色で、はじめてそれが黒ではなく茶色だと気付いた時、大事な発見をして嬉しかったことを覚えています。

これを書いていて思い出したのは、平成17年に発表されたM800, M805をベースに螺鈿仕上げがされた「旭光(きょっこう)」と「月光(げっこう)」です。写真でみただけなのですが、素晴らしい美しさと細部の緻密さに心奪われました。すばらい螺鈿細工で、作成の手間と時間は想像を絶するものなのでしょう。

欲しくてたまりませんでしたが、日本では各70本、世界でも各200本という、数少ない限定品であることが書かれていました。値段は各18万円。当時は万年筆の価格としては僕は高すぎて、欲しいかどうかすら考える余地もないものでしたが、今改めて見ると、むしろお値打ちだったのではないかと思うのです。もちろん当時も今も、願っても手に入れることはできないでしょうが。(フルハルターブログ*心温まるモノ2005-07-15 螺鈿遊旭遊月『旭光』『月光』 https://fullhalter.exblog.jp/24387518/

それが、発売数ヶ月後、インターネットでふと、“発売価格+アルファ”の値段で売り出されていた『旭光』を見つけたのでした。

興奮しましたが、すぐに憤慨にかわりました。

なんと!キャップは『旭光』のようですが、軸は黒一色なのです。M800黒のボディに『旭光』のキャップをつけているような姿。間違えただけなのか、あるいは悪くとるとM800黒と『旭光』とをモザイクにして2セット作り、『旭光』2本として不当な利益を得ようとした意図があってか。まいったなあと思った一件でした。

話を戻して。それで、M800 tortoiseshellのキャップは、太陽光や白い光でみないと茶色がわからないので注意しなくてはと思った次第。

休日の昼間に使いたいTortoiseshell Brownと、その後に手にすることになったOcean Swirlは、道具として完全に働いてくれる万年筆に、色合いの変化を楽しむ時間を加えてくれた、特別な存在となっています。